リレー・フォー・ライフ静岡 夕方から大雨に

RFL静岡大会に参加した理由の一つにseimamaさんの存在がある。
今大会の事務局長で、静岡での開催を強力に推し進めた方だ。
シュウさんがRFLの開催を提唱した時から、自分も含めネットで交流を深めていた。

最初のつくば大会で初めてお会いし、つぎの年の東京大会ではチーム・ピノコに家族とともに参加、昨年も室蘭で一緒に歩いた。
そういうご縁もあり静岡で大会をやるときはぜひ参加したいと思っていた。

その当日の9月12日、なんとseimamaさんの誕生日だという。
これはご苦労に感謝し、おめでとうの気持ちを伝えたいと思い、皆さんで色紙に寄せ書きをし、ハイテンションさんが作ってくれたお花のアレンジとともに手渡した。
seimamaさんは最初びっくりした顔だったがとても喜んでくれた。


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今回のウオークは、仲間に「今年は足取りも軽いね」と言われたように、これまでより多くグラウンドを回ったような気がする。
特にルミナリエが飾られてからは、そのルミナリエを見ながらだいぶ歩いた。
チームメンバーのルミナリエもたくさんあり、なんとも絵のうまい人、心のこもったメッセージなど素晴らしいものばかりだ。

あたりが夕闇に包まれるにつれ、ルミナリエも赤々とした流れとなり、スタンドにしつらえた「HOPE」の文字もくっきり浮かび上がってきた。
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が、そんなグラウンドからテントに戻ると間もなく、急に雨が降り出した。
雨足はドンドン強くなっていく。
芝生に張ったブルーシートにも雨がたまり、ドッと崩れそうな気配。
皆大急ぎでシート下に置いた荷物をテントに移した。
足下もびしょびしょ状態で座ることもままならず、みなさん空いたスペースに立って、ただ土砂降りの雨を見やるだけだった。

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それでもなぜかテント内のメンバーの表情はけっこう明るかった。
特に女性陣はこんな状態の中でも、しっかり食べて、おしゃべりに花を咲かせ、非常に焦っていた自分もなんか気持ちが救われた。

それでも黙っていられず、本部に相談しに行ったら、どうぞ遠慮なく体育館を使ってくださいとのこと。
畳敷きの部屋もあるという。そこで、まずは荷物だけでも各自の車や体育館に引き上げることに。




その体育館とグラウンドを行ったり来たりしていたら、1本の電話が入った。
横浜在住のペチカさんからだ。会場に着いたという。

彼女は中咽頭がんのサバイバーで、膠原病なども持っている。
とむさんのHPで知り合ったのだから、かなり前になる。
ほとんどネットには出てこないのだが、毎年2月初めに節分と自分の誕生日のお祝いにとショコラなどを送ってくれる方で、それはそれは達筆の心温まる手紙が添えられている。

ご主人の車に乗せられて、わざわざ会場へ会いに来てくれたのだ。
体育館の前で待っていると彼女が車から降りてきて、思わずハグをした。

自分より10歳以上年上なのだが、それはおしゃれであか抜けた方だった。
いろいろ話をし、記念にピノコの小旗とがんリボンをプレゼントした。
帰り際にご主人ともどもグラウンドを1周し、名残を惜しんだ。

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仮眠室でも談笑に花が咲いた

体育館の第5仮眠室は柔道場で、柔道の畳がいっぱいに敷かれていた。
何カ所か仮眠室があったが、あとは板敷きかフロアだ。
皆さんやはり畳敷きにやって来る。
自分たちもその一角に寝袋を敷いた。
かなりな疲れもあったので自分は10時前に寝袋に入った。

が、すぐに体がドンドン、ドンドンと揺れる。
「なんじゃこれは」と伸び上がってみると、人が歩いているだけ。
また寝るとまた揺れるの繰り返しだ。
分かったことは人が歩くたびに上下に揺れるということ。

柔道場ということもあり、弾力のある板を敷いているのだろうと思った。
寝入りそうになると揺れるなどして、ずーっと眠れない。
隣のどるちぇさんは完全に眠ったようだが。

深夜0時を過ぎても眠れないので何度もグラウンドに行こうと思った。
が、着替えるのも面倒なのでやっぱり眠ろうと思うとまた揺れるという案配で、未明に2時間ほどは眠ったようだが、結局は全然寝た気がしなく、朝を迎えた。

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