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悪性リンパ腫―2度目のがんへの挑戦―

プロフィール

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悪性リンパ腫―2度目のがんへの挑戦―
ブログ紹介
1997年(平成9年)1月、上咽頭がんから生還して11年、
2008(平成20年)年1月に悪性リンパ腫が見つかり、
またまた現役になってしまいました。
「絶対あきらめない」が合言葉です。


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がん患者支援プロジェクト ―CPSP―
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初めて外来で化学療法を

2008/05/09 18:07
きのう、きょうと初めて外来で化学療法を受けた。

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きのうはリツキサンで、採血(8時半)から外来診察に1時間半以上かかり、点滴も含めベッドでは5時間以上を過ごした。

採血の結果は白血球が2500ほど(標準4000〜)で、かなり低かったのだが、GOOサインを出してもらった。

帰り(16時すぎ)はかなりだるく、正直ヘロヘロ状態で、それも車を運転して帰った。
そんなことで、きょうは長男に送迎を頼んだ(なぜか休みの長男)。

きょうの抗がん剤は3時間ほどと聞いていたし、採血もなく最初の外来(9時)もすぐに呼ばれた。
化学療法室はリクライニングのいすなのだが、ベッドも3つある。すべてにテレビがついていてDVDも見られる。

きょうは個室のベッドをあてがわれた。
きのうの治療で、これは暇つぶしにDVDがいいと思い、買ってまだ見ていないDVDを持参した。

子供のころから何故か西部劇が好きで、あるホームセンターで480円でゲットしたもの。
何枚か購入したのだが、きょう持っていったのはゲイリー・クーパー、グレイス・ケリー主演の「真昼の決闘」。
モノクロで分かりやすい筋書きが、見ていてなんとも新鮮だった。癖になりそうな予感も(笑)。

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そんなことで、きょうは診察から抗がん剤の終了(12時半)まで3時間半で済んだ。
そのあと、見舞いたい人がいたので病棟を訪ねたら、おととい転院したとのこと。残念。

長男に13時半に迎えにきてもらった。

家に着いたら、昨年は咲いてくれなかったシャクナゲが出迎えてくれた。

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やり残したことをコツコツと

2008/05/06 20:31
1回目のがんの時(37歳)は、とにかく未来に気持ちを向けた。
人生の終焉は考えられないほど先のことのような気がし、なるべくそうなるよう祈り、努力し、信じた。

今回の2回目(49歳)は、過去に気持ちを向けているような気がする。

近くの景色などを見歩いたり、ネットを光りにしたり、家の合い鍵を作ってみたり、使い勝手がよかったペンの芯を探したり・・・。
これまで忘れていたものや足りなかったもの、やり残してきた事など、まずは些細ことから手をつけ、いずれは「命」の大切さを子供たちに伝えられればと思っている。

それが自分の未来につながると信じている。

いろいろ片付けたりもしているので心配している人もいるようだが・・・(笑)

そんなことで、きのうはちょいと新緑を訪ねて近くの里山にあるお寺を、きょうは大学の農場で公開しているチューリップ畑を見てきました。

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りんごの花は今が盛りで、マメコバチも授粉のお手伝いをしていました。




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若葉の青さがなんとも目に染みます。




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青葉に囲まれた古刹は自然に溶け込んでいます。




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色とりどりのチューリップ畑




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二色の何枚もの花びらを付けたチューリップも
HTOさんより複色八重の「ケープランドギフト」だそうです(^.^)













花でもう一題


実はわが家の床の間には正月は「天照大神」の掛け軸を飾るのですが、普段は、長男が小学校の時に書いて入賞した条幅を飾っていました。

で、なんか花やかな掛け軸を前から欲しいと思っていたので、今回退院を期に、願かけの意味もあり「四季花」と題した掛け軸を購入しました。安価なものですが、非常に気にいっています(^.^)

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17日退院―これまで、そしてこれから―

2008/04/15 13:57
4月14日に4回目の抗がん剤セットが無事終了したことから、17日に退院することになった。
ようやく・・・という感じだ。

1月24日、検査のため地元の病院に21日間入院。そのまま大学病院に転院して54日。合わせて75日の入院となった。長いのか短いのか・・・長くもあり短くもあったような気がする。
いずれにしろ、寒い冬の時期を病院で過ごしたことになる。

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きのうは主治医とじっくり面談させてもらった。

とにかく治療前は、おなかと縦隔のリンパ節がかなり大きな腫瘍となり、さらに調べると、体のかなりな部分の骨と骨髄ににも浸潤し「(腫瘍は)ずいぶん多かった」という。

痛みなどの症状があまり出ない濾胞(ろほう)性というリンパ腫にもかかわらず、地元病院に入院したころは、体がだるく熱に悩まされ、そして背中や腰の痛みにも悩まされた。

そんな中で大学病院に移り、即抗がん剤投与となった。38度を超えていた熱が下がり、食欲も出た。がんをガツンと叩いたという感じだ。

「経過がよければ1カ月くらいで退院し、その後は通院治療ということになります」と主治医。
しかし、そう簡単に問屋は卸してくれなかった。
やはりものがものだっただけに、体での内部抗争がかなりあったようだ。

骨髄抑制で白血球が400台までガタンと下がってみたり、38度台の熱が続いてみたり、最初のリツキサンでは39.6度まで熱が上がったりと、家では対処できないような副作用が表れた。

それでも、1回目の抗がん剤後より2回目後の症状が軽くなったことから、3回目後(3週間観察)、特に問題がなければ、4回目を入れて退院ということに。今回その通りとなった。

主治医の説明は続いた。

現時点では、数値的なものをみても、ほとんどなくなっていることも考えられる。しかし濾胞性は再発の性質を持っているので、そこは理解していただきたい・・・とのこと。

退院後は、その時の体調にもよるが、
あまり無理をしない程度に仕事をしてもOK。
ウオーキングやジムでの軽いトレーニングもOK。
刺身も食べてOK、ビールは半分はくらい(汗)
ということ。

抗がん剤セットは予定通り全8回をやりつくすことになり、外来であと4回となる。リツキサンはあと5回だ。

すべて終了後にPET/CTで全身のがん状態を確認し、なくなっていればいわゆる寛解ということで経過観察、あってもそのまま無悪性生存ということで経過観察となる。再発してもさらに対処できる抗がん剤があり、それこそ「あきらめない」態勢でいけるようだ。

今は、まず無事退院できることを素直に喜びたい。

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11年前と今、その思い

2008/04/08 12:23
スピリチュアルな苦悩を乗り越えて

今回、2度目のがんということもあり、スピリチュアル(精神的、霊的)な苦悩は、今のところ大丈夫のようである。

11年前の上咽頭がんの時は、とにかく「死ぬ」ということが目の前にあり。考えて考えて考えて気持ち的にキリをつけるんだけども、またムクムクと頭をもたげてくるという感じで、その繰り返しだったような気がする。

そんなある日、後輩の女性が見舞いに来てくれ、彼女はちょっとした霊感を持っているのだが、自分を見て「大丈夫、オーラがすごいから」と言ってくれた。
その言葉がストンと気持ちに落ちて、「自分は大丈夫なんだ」と信じ込んでしまった。
本当に言葉は不思議な力を持っている。
自分はこのとき、この「言葉」に救われた。

そんなことも含めこの11年間、いろんな意味で「命」について考えてきた。
途中では再発の疑いもあり、このときも「生死」についてすごく悩んだ。

そんなことで伊達に11年間を過ごしてきたわけではない。
今回がんになって思ったことは「その時はその時」
リンパ腫は抗がん剤がよく効くので、すぐにということはない。
「その時」をとにかく先にもっていくために「絶対あきらめない」
そのためには「あらゆる手段」を講じる・・・そんな方程式が出来上がった。



この病棟は大半が「がん」患者

この病棟は、消化器・血液・膠原病内科と腫瘍内科が同居している。
自分はこの腫瘍内科にいるのだが、なんとこれが今年1月にできたばかりの診療科だった。
診療内容は、消化器や胸部のがん、悪性リンパ腫などに対するがん薬物療法(化学療法)を中心とした診療だが、ここでは今のところ自分と同じ悪性リンパ腫の患者が多いようだ。

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血液は白血病、消化器は食道や胃、腸、肝臓などで、ほとんどががん関係の患者である。
そんな中で消化器の患者の出入りが早い。
聞くところによると長くて2週間だそうで、検査入院や内視鏡での手術、外科に回される人もいるので早いという。

今はがん告知が基本だ。そんなことで多くの患者が「がん」という悩みを同時に抱えるのもまた、この病棟の特徴でもある。したがって看護婦さんは体のケアはもちろん、医師らとは別にスピリチュアルなケアもそれなりに行っているようだ。ある看護婦さんによると「だいたい1週間くらいは皆さん悩むようだ」という。



11年ぶりの写経

昨日は「病気平癒」を祈願して、11年ぶりに般若心経を写経した。
11年前の入院時は、とにかく何にでもすがりたく、写経グッズも一式購入し、10枚書き上げた。

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今回は、「オーラがすごい」と言ってくれた彼女から入院初期にいただいたもの。
奈良・薬師寺の白鳳伽藍を復興させるための写経で、書き終わったらその薬師寺へ送り返すというもの。
http://www.nara-yakushiji.com/osyakyo/

それなりの目処がついたら書写しようと思って引き出しにしまっておいたのだが、体調もよく退院の目処もついたので、思い切って筆を持ってみた。
最初は震えてどうしようもなかったが、段々と細くも書けるようになり、なんとか最後まで書き上げることができた。さっそく薬師寺へ送り返した。

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この般若心経の「こころ」は
・かたよらない
・こだわらない
・とらわれない

ひろいひろい「空のこころ」だそうである。
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今後と1カ月ぶりのわが家

2008/03/30 11:00
――4月中旬の退院を目指して――

3月25日に2回目のリツキサン、翌26日に3回目の療抗がん剤THP-COP療法を特に大きな副作用もなく、問題なく終えた。

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抗がん剤B翌日には、疲れた感じでだるさが表れ、2日ほど続いた。また今回は下痢にも少し苦しんだ。

抗がん剤B3日目の血液検査の結果
・白血球 2,900(標準4,500〜8,500)
・血小板 20万(標準12万〜38万)
・LDH(血液マーカー)330(標準200〜400)
となった。

白血球は想定内で2,000以上あるので、まぁまぁというところか。
血小板は標準値にまで回復している。
特にうれしいのがLDH。骨髄にがんが増殖すると数値が一気にがり、抗がん剤@後はそういう状態になった。今回、それが標準内になったということは、ほぼがんがなくなったのではと思っている。
さらに、21日のCT検査では、腫瘍が3分の1に小さくなったというありがたい結果も出ている。

以上のようなことから、3週間後の次回のリツキサン、抗がん剤までに、特に大きな副作用がなければ、次回の抗がん剤後に退院して通院治療をしてもらうと、主治医からの言葉。ぜひ、そうなってもらいたいと願う。
次回は4月15、16日なので、その後の退院となる。
お花見ができそうな予感だ(笑)


――1カ月ぶりのわが家――

3月29日に外出許可をもらい、家に帰ってきた。
1カ月ぶりとあって非常に楽しみだった。
朝、二男が迎えにきてくれ、病院の外へ。
なんとも寒く、疲れること。
体力、特に足もとがかなり弱くなっているのを実感した。

下界は「春」を期待していたが、寒さのぶり返しもあり、まだ「早春」だった。
わが家もまだ雪囲い状態で、寒々としていたが、それでも庭の片隅にはクロッカスがつぼみを膨らませていた。

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家にはかぁちゃんと長男もいて、久々に家族4人がご対面。
特に何をしゃべるわけでもないが、そこにそれぞれがいるだけでなんだかホッとする。

副作用もあってか、病院食はにおいなどが気になって食べたいと思わないが、おなかは空く。すき焼きが食べたいと思い、お昼にかあちゃんに作ってもらった。
これが、なんとも美味しいんだなぁ(^.^)
久々によく食べたという感じだ。
夕食はイカ焼きに白菜とカブの漬物。これだけで十分おいしくいただいた。

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二男がいよいよ就職のため30日に旅立つ。
汽車で一人で行くという。
お祝いにタイピンと名刺入れを贈った。
夜、病院への帰り際
「へば、気ぃつけでな」の一言を送って、家を後にした。
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「海外癌医療情報リファレンス」ががん雑誌に紹介

2008/03/21 14:40
月刊誌「がんサポート」4月号に、希さんが管理運営しているウェブサイト「海外癌医療情報リファレンス」の記事が載っているという情報をいただき、さっそく発行元のエビデンス社に頼んで病室まで送ってもらった。

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その雑誌がきょう手元に届いた。
さっそく開いてみると、そこには「パイオニアたちの人生模様」―米国の最新がん医療情報を翻訳・紹介するボランティアの汗と涙―と題して、サイト立ち上げからこれまでの経緯など4ページにわたって紹介されていた。

希さんとは放射線科医のちゃしば先生を通して知り合い、そのサイトを立ち上げる当初から見てきたので、改めてそのご苦労にうなずきながら、読ませてもらった。
本当に世のため、人のため、日本(人)のためというのは、こういうサイトをいうのだと、改めて認識させてもらった。

また葉っぱさんのことも頭をよぎった。
生前、初期のころから彼女もボランティアで翻訳を買って出ていたのだ。

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その希さんを一所懸命に応援し、翻訳の監修もされているちゃしば先生も写真入りで登場している。斜め右45度からの横顔はなんとも男前に写っている。
元気マンのHayateきょうだいが写したものらしい。ちゃしば先生は、自ら研究開発した放射線のCFIMRTを、日本から世界に普及させようと日々がんばっていらっしゃるフロンティア精神旺盛な放射線科医師である。
自分もサポーターの一人として、応援させてもらっている。

4月号にはこのほか、自分にとって興味のある記事がかなり掲載されている。

鎌田實の「がんばらない&あきらめない対談」

届け!患者たちの声 グループ・ネクサス(悪性リンパ腫患者・家族連絡会)の理事長天野慎介

腫瘍内科研修医物語(2)

「がん相談」頭頚部がん・悪性リンパ腫ほか

などなど、じっくり読みたいと思う。
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診断書の入院期間が延びました

2008/03/19 15:25
今回、主治医からいただいた診断書は「これより2カ月の入院加療が必要と考えられる」というもの。

入院した当初にいただいた診断書は「1カ月の入院加療を必要とします」というものでした。
それから1カ月が経ったので、会社に提出するためにお願いしたものです。

まぁ病気が病気だけに、実際に治療はしてみないと分からないというものはありますけどね。

「1カ月の入院加療…」は、抗がん剤2回、リツキサン1回がしっかり効いたという想定、いわゆる最善かそれに準ずる想定だったわけです。それだと家から通ってもらえるということですね。
結構こういう方も多いそうですが、抗がん剤予定回数を終えるまで入院する方もまた結構いるそうです(汗)

今回の自分の場合は、1回目の抗がん剤後、白血球の急激な低下(400まで)や高熱などの症状が表れました。また血液検査のLDH(乳酸脱水素酵素)の値(基準値200〜400)も下降から上昇に転じたそうです。これらを総合的にみて、その時点では骨髄の腫瘍の制御ができないでいると判断したということです。

それで予定より早く1回目のリツキサン、2回目の抗がん剤に至ったのでした
で、今はその経過を見てるわけですが、途中また白血球がガタっと500台までさがり、38度台の熱も出ています。

「これより2カ月の入院加療…」は、そいうことを勘案したそうです。


ただ、今のところ1回目のように腰が痛かったり、体が超だるかったり、高熱が続いたりはしておりません。
きょう19日の採血情報では、白血球が4500まで回復し、LDHが700まで下がっていたそうです。
なんと実は2回目の抗がん剤前にはLDHが1万にも達していたそうで、びっくりしました。

この好反応は、きっとリツキサンが効いたのではと自分では思っています。
とにかく2回目以降のリツキサン(3回目以降の抗がん剤)の推移を見守りたいと思います。

今の状態がずっと続いてくれるといいなぁ
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